2024年03月06日更新
当時の姿をそのまま残したロマン漂う観光スポット
三角西港は、明治20年に明治政府の国内統一殖産振興の政策に基づいて、オランダ人水理工師のローウェンホルスト・ムルドルの設計で建設されました。当時の最新の技術が盛り込まれ、近代国家の威信を懸けた明治三大築港の一つです。良港を持たない熊本県にとって築港は県民の悲願というべきもので、三角港にかけた期待と完成の喜びは数々の逸話として伝えられています。
三角町は有明海、不知火海の二つの海に面し、熊本県の海の玄関港として、物資や人が行き交う海上交通の要地として繁栄。それとともに宇土郡役所(現在の宇城市立九州海技学院)や三角裁判所(現在の法の館)が設置され、宇土地域の行政や司法の中心地でした。
756メートルにもおよぶ石積みの埠頭や水路、建造物などは築港後1世紀の歴史を持ちながら今なお厳然としてたたずまいを見せています。このように当時の都市計画がほとんど無傷のままで残っているのは全国的にも珍しく、文化財的にも国際的にも価値ある生きた港として、平成14年12月、国重要文化財に指定され、港町三角のシンボルとなっています。
また、昭和62年の築港100周年を期に港湾整備事業の指定を受け、当時の建造物の復元や一帯の公園整備に取り組み、観光港として再興しています。小説家・小泉八雲ゆかりの旅館・浦島屋など明治の面影を残す建物が残ります。
築港の経緯
熊本県は、明治9年に神風連の乱や明治10年の西南の役で焦土と化した熊本の殖産興業を進める中で、港の建設のための建言書が、明治13年10月8日の臨時県会開催中に県会議員の白木為直など78人の連名によって港湾修築建言書が、県令(当時の県知事)富岡敬明に提出されました。
熊本ののど元にあたる百貫石港を修築して、本県の産業の振興を図りたいというもの。明治14年3月県会で、百貫石の南の盗人島に築港することが議決。11月、内務省の嘱託技師、オランダ人のルーエンホルスト・ムルドルが百貫石港の調査に派遣されました。
調査の結果、「遠浅の砂浜」「白川と坪井川があって、運送には便利」「大雨、洪水で港が壊れる」「1000トンの船の出入りができない港は不適」「埠頭と桟橋をつくっても、構内に堆積する土砂を除去するのに数百万円も必要になる」という理由で百貫石港の修築は断念されました。
そして富岡敬明とムルドルは三角港を視察。「天下の良港である」「熊本とは道路を新設すれば、馬車で2時間の道のりである」「港湾の水深いこと120尺(約36.36メートル)大艦巨艦が入る」「風浪が避けられる」「県内物資は、高瀬川、球磨川、坪井川より西海へ」「東肥の要津として、肥前の国の津、島原、茂木などと連絡すれば、繁栄する」とのこと。
ムルドルの意見復命書によって三角築港を決意した富岡敬明は、明治16年3月県会に予算審議を提案。総工費30万2068円96銭。4月5日の臨時県会で可決され、三角築港が決定。10月に内務省の認可がおりました。
詳細
所在地:郵便番号 869-3207 宇城市三角町三角浦
駐車場:約80台
西港敷地内には物産館「ムルドルハウス」、レストラン「西港明治館(外部リンク)」もございます。
アクセス
- 松橋インターチェンジから車で約50分、熊本市内から国道57号線を西へ約60分
- JR三角駅で下車した場合
- バスで(所要時間:約15分)
産交観光バス三角営業所(電話番号:0964-52-3135)で乗車。「三角西港前」で降車。 - タクシーで(所要時間:約5分)
三角タクシー(電話番号:0964-52-2611)またはみなとタクシー(電話番号:0964-52-2636)に乗車。
三角駅構内の観光案内所(月曜日休み)もご利用ください。
三角西港散策マップ【表面】
散策マップの表面のPDFデータは下記リンクをクリックしてダウンロードできます。
- 浦島屋
- 龍驤館
- 排水路
- 旧三角海運倉庫
- 旧高田回漕店
- 旧三角簡易裁判所本館
- 旧三角簡易裁判所弁護士等控室
- 展望所
- 旧宇土郡役所庁舎
- 石積埠頭
ぜひ下記リンクもご参照ください
お問い合わせ
宇城市 経済部 商工観光課 観光物産係
電話番号:0964-32-1604