2023年04月17日更新
山伏塚は松橋町前田に所在しており、一基の五輪塔と数基の自然石墓碑によって構成される塚です。
五輪塔は、松橋熊野宮を再建し、宇土市に所在する現役の上水道として最古のものである轟泉水道の水道管としても使用されている松橋焼の始祖である下田伊予守惟勝(しもだいよのかみこれかつ)の墓とされています。
下田惟勝は元阿蘇家の家臣で、主家及び下田氏(南郷下田城主)の滅亡後、諸国巡回の末に松橋で過ごしたと伝えられています。
自然石の墓碑には、下田某の名と寛永(1624年から1644年)、正保(1644年から1648年)等の銘が刻まれており、惟勝の子孫で陶業に従事した者と考えられます。
山伏塚