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2021年5月26日

第12回 戦争を語り継ぐ 2019年(令和元年)9月号

 山鹿市の来民(くたみ)開拓団供養塔を訪ねました。広場の一角にある石碑には、"満州"移民として中国東北部で亡くなった276人の名前と年齢が刻まれています。


 来民開拓団は、終戦を迎えた1945年8月15日には277人が暮らしていました。しかしその日から3日間で、現地人の襲撃を受けて集団自決。ただ1人の伝令者を残して全員が死亡するという事件は"満州"移民史上例のないものでした。犠牲者の半数近くが15歳以下の子どもたち。一番多いのは3歳と4歳合わせて27人。20・30代の男性は兵隊に応召(おうしょう)していたため、子どもや女性、お年寄りがほとんどです。幼い子どもたちが父親に助けを求めながら死んでいった声が聞こえるようで、何ともいたたまれなくなりました。


 全国から926の開拓団が"満州"に投入され、熊本は全国で3番目の数。私の父も、一家12人で"満州"に渡った開拓団の一人でした。15歳だった父は一家で広大な農地を耕して稲作に励みましたが、長男で17歳だった伯父は兵隊に志願しました。入隊から10カ月後、日本はポツダム宣言を受諾。家族は帰国できたものの、伯父はソ連軍の捕虜となり、4年半のシベリア抑留生活を送りました。


 今年93歳になった伯父は、その時のことを「氷点下30度を下回る極寒の地で、1日の食料は黒パン1切れと薄いスープ2杯のみ。寒さと飢えでガリガリに痩せ、最初の1、2年で30・40代を中心に大勢の人が命を落とした。戦争は人を狂わせ、人間性の全てを奪ってしまう」と語ります。


 第2次世界大戦が終わり74年がたった今も、世界には1万4450発の核弾頭が存在しています。世界には核による「抑止力」をさらに強化しようとする動きもあります。子どもたちに平和な未来を届けるために、私たちは過去の事実に学び、語り継いでいかなければなりません。それこそが唯一、戦争の惨禍(さんか)を繰り返さないための「抑止力」ではないでしょうか。

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